教師から見る宿題代行業者 なぜ宿題はあるのか?

教師から見る宿題代行業者 なぜ宿題はあるのか? 学校の実情 意外と知られていない学校の裏側

教師から見る宿題代行業者 なぜ宿題はあるのか?

夏休みがもうすぐ終わる。そんな時、多くの家庭で話題となるのが「夏休みの宿題が終わったのか?」と言うことではないでしょうか?結果としてギリギリになって必死に宿題に取り組む子どもも多いかと思います。もしかしたら、親御さんが手を貸すケースもあるのではないでしょうか?

そんな折、2014年8月25日のNEWSポストセブンで次のような記事が取り上げられていました。

「宿題代行業者 3社連続で「手一杯で受けられない」との回答」
インターネットで「宿題代行」と検索すると、すぐにたくさんの業者が見つかった。
 
〈読書感想文1枚3000円~〉
〈絵画1枚4000円~〉
~中略~
3日後に郵送されてきた原稿用紙には、中学生らしい字で「走れメロス」の感想文が記されていた。内容も、ほどよく中学1年生レベルに合わせているように見える。ただ、せっかく手書きで書いてくれたが、子供の字と明らかに違えば書き直しは必要だ。
 
一方の水彩画は広大なヒマワリ畑が丁寧に描き込まれた力作。リクエスト通り上手に描いてくれたが、万が一コンクールに出すなんて先生が言い出さないか不安にもなる。

こんなサービスがあるなんて世も末だなと思ったりもします。手一杯で受けられないと言うほど、需要があるということのようです。

確かにあった これお前が描いたの?

このニュースを見て、思い出しました。数年前、小学校2年生が提出した夏休みの宿題を見ていた時のことです。必ずしてこなければいけない宿題(漢字や計算)の他にも自由課題と言うのがありました。
子どもたちは自由研究をしてきたり、書道をしてきたり、絵を描いて来たりしてきました。提出された自由課題で優秀と思われるものはコンクールに出すことができるのです。と言うこともあり、どの作品をコンクールに出そうか選んでいました。

ふと、1つの動物の絵が目に飛び込んできました。非常に見事な作品です。色も遠近感も素晴らしいものです。動物の毛は1本1本描かれています。

でもどう考えてもおかしいですよね。小学校2年生です。色彩豊かで遠近法を巧みに使い、動物の毛を一本一本描くといった芸当はかなり難しいです。可能性は0ではありませんが、極めて0に近いです。ただし万が一と言うこともあるので、クラスの子どもが描いた絵をストックしてあったので、該当児童の作品を見てみました。

「似ても似つかない・・・」

さらに、一応ですが、学年の先生にも見てもらいました。

「親だね・・・。」

全員一致で「親の作品」と言うことになりました。もう少し技術が劣っていればコンクールに出せたのですが、手伝った親(全て描いた?)の技術が高すぎてしまったことが良くありませんでした。勝手な想像ですが、夏休みの終わりが近づき、苦しんでいる子どもを見かねて、絵画を手伝ったのでしょう。

こういったことは、他のクラス、他の学年でもありました。年齢や学年に相応でない場合は、どんなに作品が素晴らしかったとしてもコンクールの候補には選ばれない可能性が高いのです。
逆に、もしコンクールに出したとしたら、今度はその子どもが傷つく可能性があるのです。コンクールで賞を取った場合、表彰されます。賞状を貰ったり、何かしらの景品を貰ったりです。これは他の子どもからしたら非常に憧れるものであり、

「〇〇君が絵で賞を取ったんだよ」

と家庭で報告することになるでしょう。多くの保護者は「〇〇君は絵が上手い」とインプットされます。そして、定期的に行われる授業参観や懇談会の時、事実を知ることとなります。廊下や教室には図工で作成した絵が大抵飾ってあります。それを見たときに「・・・」となるのです。

保護者の中には「あの絵は親が描いたんだよ」と子どもに言ってしまうかもしれません。するとたちまち教室でそのことが広まります。
親が手を貸してしまったばっかりに、こういったことが起こらないとも限りません。

教師には簡単に分かります

子どもの代わりに誰かが宿題をやった場合、教師にはお見通しです。

  • 「作文」
    それぞれの子どもの文章レベルをある程度把握しています。また、その後の授業で文章を書かせてみればすぐに分かってしまいます。
  • 「絵画」
    特に小学校の場合はよく絵を描く機会があります。子どものレベルを把握していますので、やはりすぐに分かります。
  • 「計算」
    計算に限りませんが、字を見れば分かります。代行したものを写したとしても、写す時間があるくらいなら自分で計算しても良いのでは?と思いますし、計算途中が書いていなければ教師は疑います。

いずれにせよ、ほとんどの教師は本人が宿題を行ったのか否か、分かります。ハッキリしなかったとしても疑います。直接聞くことはないかもしれませんが、余計に、その後の授業で、対象の子どもの能力を観察するようになります。

場合によっては心象が悪くなる可能性だって否定できません。つまり宿題代行は「その場しのぎ」なだけになってしまうのです。

そもそも夏休みの宿題とは何なのか?

そもそも夏休み宿題とは何なのか考えてみましょう。

  1. 「勉強の習慣化」
  2. 「既習内容の復習」
  3. 「新たなる体験・発見」

この辺りが宿題の狙いと言えます。

「勉強の習慣化」「既習内容の復習」は、日常の宿題と同じ目的と言えます。もし、学習が遅れていたり、きちんと定着していない場合には、こういった長期休みが知識定着のチャンスともいえます。
「新たなる体験・発見」は長期休み特有の宿題と言えるでしょう。長期休みでは日常では味わえないような体験を行うことができたり発見をすることができます。夏祭りやお盆等の行事は子どもたちにとって刺激となります。

「6月の思い出は?」

と聞いてもピンと来ないかもしれませんが、

「夏休みの思い出は?」

と聞くと、お祭りに行ったや海に行ったなどの声が聞こえることでしょう。(※家庭によって異なることはありますが・・・。)いずれにせよ、日常とは違った環境ともいえる長期休みの中で体験することは、全てが刺激になり勉強になるのです。

今回の「宿題代行業者」に関しては特に「勉強の習慣化」「既習内容の復習」「新たなる体験・発見」といった全てを邪魔するものです。

夏休みの宿題が終わらないから、こういった業者にお願いします。頼むくらいですので、相当量が残っていると考えられます。つまり「勉強の習慣化」は出来ていないことになります。同じくして「既習内容の復習」も自身で出来ていないことになります。さらに例えば「夏休みの作文」「自由研究」を代行業者にお願いするとすれば、「新たなる体験や発見」を自身でする必要もありません。

若干極論になってしまうかと思いますが、あながち大外れしているわけではないと思います。

子どものためを思うのであれば

子どものためを思うのであれば、子ども自身に宿題をやらせた方が良いと思います。第3者に宿題をお願いするということは、子どもを助けることにはまったくなりません。

「やるべきことをしっかり行わないとどうなるのか?」

これを学ばせる良い機会にもなると思います。

学校でも勉強は、子どもが社会に出てから困らないようにするためのものです。

「困ったら誰かが助けてくれる!」

「困ったらお金を払って誰かにやらせれば良い!」

そういった考えに子どもが成長してしまえば、結局苦労するのは子どもです。そして、苦労する子どもを見て苦しむのは助けた親でもあるのです。子どもが自分の力で困難を解決できる大人になることを望みます。

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